新ひぼろぎ逍遥1138 松浦党の神々 ❹ 佐世保市 “松浦党と鎌倉神社”
20250907
太宰府地名研究会 古川 清久
玄界灘北西沿岸一帯の所謂松浦党の領域にかなりの数の鎌倉神社が存在します。

これほどの分布を示しながら、AI様は把握されておらず、神社庁も江向町のデータには出てくるので一応は把握しているようですが、何故か積極的には公表されていないようです。
これ以外にも、佐賀県唐津市の唐津市佐志の佐志八幡宮や松浦党の祖とされる久の上陸地点である松浦市今福の今福神社にも峯五郎源披公靈が祀られているようです。

長崎県神社庁 の資料にも 2,3,7,9,14の5社は確認できます。
外の地域はご自分で検索して見て下さい。鎌倉神社 + 〇〇町で…
佐世保市に編入された旧江迎町〜旧鹿町にも五社の鎌倉神社が在ります。
以前から、佐世保市の鹿町も博多湾の志賀島の「シカ」だと考えていました。
それは、さらに南の旧大瀬戸町(西海市)があり、旧東松浦郡(佐賀県唐津市)の七ツ釜、呼子、名護屋、…といった地名があり、その間に鹿町、江迎町が在るからです。
〒859-6144 長崎県佐世保市鹿町町鹿町893の鎌倉神社 のネット・データ から
峯五郎披公霊峯五郎披(ひらく)公とは、宗家松浦氏二代目の松浦直の五男で峯氏の初代にあ
たる鎌倉時代の人物。峯氏はその後、本拠地を小値賀島から平戸島に移し、明治維新まで続く平戸松浦氏の礎を築くことになります。
鹿町川のほとりにある神社。主祭神は鎌倉様こと峯五郎披公霊。 峯五郎披(ひらく)公とは、宗家松浦氏二代目の松浦直の五男で峯氏の初代にあたる鎌倉時代の人物。峯氏はその後、本拠地を小値賀島から平戸島に移し、明治維新まで続く平戸松浦氏の礎を築くことになります。 摂社として稲荷神社がありますが、並んだ石祠を見るに付近の石祠を集めて合祀したもののように思われます。そこには愛嬌のある古そうな狛犬2頭もいます。

藤護神社 カーナビ検索 長崎県佐世保市鹿町町深江274 祭神 峯五郎披公霊
鎌倉神社の祭神とされる峯五郎披 の人物像が掴めなかったのですが、漸く少し理解できる情報に遭遇しました。
です。これが松浦市を拠点とした松浦党主流と分家とされる平戸松浦氏の対立に繋がるようなのです。

松浦党研究では以下も基礎研究としては重要ですので是非お読み頂きたいと思います。、

「唐津松浦潟」のネット化に成功した後、各方面から反響があった。
平成18年7月25日、唐津松浦潟の著者、松代松太郎の孫という方から突然のメールを頂いた。そしてこの「東松浦郡史」の存在を知った。7月27日ご本人からお電話を頂き、昭和30年頃、常安弘通氏が再版の為に桜馬場の松代家を訪れたことを覚えていらっしゃった。「唐津松浦潟」のネット化に対しては感謝されていて、更にこの「東松浦郡史」のそれも快諾頂いた。早速古書を手に入れ、再びこのネット化に着手する運びと相成った。
著作権云々で問題があればご遠慮なくご指摘頂きたい。 平成18年7月31日 管理人 吉冨 寛
百嶋由一郎が残した90枚近い神代系譜のスキャニングDVD,40時間の講演録音声CD(MP3方式)カーステレオ、パソコン対応、手書きデータスキャニンクDVDなどを必要とされる方は090-6298−3254まで゙


にお読み頂き有難いと思っています。
















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